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2012年3月20日

不勉強ですみません。自習していました。

本日は、日記です。

いきなり何を書いたんだ!?と思うような、ブログ記事の考察的な記事を残したまま、ブログ更新を放置するほど、自習の旅に出て、遊んでいました。

先日、娘が風邪をひいたようでお医者さんに行きまして、たまたま読んだ本(本のタイトルは忘れました)に、不勉強な子について書かれているのを読んで、感動していた私です。

勉強といえば、学校の勉強や問題、試験などが思い浮かんだので、そういう勉強しない子について書かれていると思ったのですが、「子どもの遊びは勉強です。その勉強をしない、不勉強な子が増えています。」と言ったことが書かれていました。

といっても、小学生くらいまでの子について書かれている内容だと思ったので、私には関係ないと思いつつも、なにか心に引っかかるものがあったのですね。

遊ぶことは→悪いこと

いつからか私は、遊ぶことはいけないこと、ダメなこと、真面目にやりなさーい!というのを、間違った感じでまに受けて、勉強するのがいいことだ。というような、何かそんな感じを、自分にうえ付けてしまっていたシーズンがあります。

気づけば、まっとうに遊べない人になっていました。
わたしは、言いつけを守りたがるイイ子ですから。

イイ子なので、遊んでいる人を見るといけないことをしている奴だと思い、不愉快にさえ思うくらいイイ子でした。いやなイイ子ですね。

でも、そんな私がなぜか、自分の娘が友達と遊ぶことを、とても奨励しているという、不思議な矛盾がありました。

親としての本音は、机に向かって学校の勉強を熱心にやる。俗っぽい漫画やおもちゃなどは排除。勉強一筋!みたいな、自分では無理な理想を子どもに対して抱く面もあります。

それは、子どもによりよくなって欲しい思いで、”それをやればいいと思うこと(理想)”でしかなく、本心は子どものためを思っているのに、その手段がおかしいものかもしれないとも思ったり心が揺れて、私は迷うのです。



遊ぶことは→いいこと

私は自分で自分のことをとても真面目だと思っていますが、実は真面目なふりをしているかなりの遊び好きです。遊ぶことがきらいなわけではないのですね。

真面目なふりをしているようなことを、自分の中で”遊び化”してしまっているので、ほぼ遊んでいる状態です。

たとえば、「学校の勉強=勉強」だと思いがちですが、「学校の勉強=勉強(という遊び)」とする心があれば、それも楽しくなるものだと思います。

「学ぶこと=勉強」というのも「学ぶこと=勉強(という遊び)」として、楽しむことができる、自分にとっておそらくいいことしかない、最高の遊びだと思ったりします。

遊ぶことは、本気でやって、夢中になると、私にとってはMAX楽しいことと思います。

ただ、MAX楽しむだけじゃなく、やるべきことをやって”スッキリした気持ちでやる”と、スーパーMAX楽しいですよね。

大人になると、やるべきことは増えます。

そのぶん、超スーパーMAX楽しく遊べるという、素敵な特典もあると思うんです。
仕事に家事に育児に・・・と、みなさま素敵な特典をGETすべく、明日からしっかりやりましょうか。


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もうすぐ娘も学年が変わるのです。ドキドキします。

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